眠りの森の天使
眠りの森の天使 6話
第4章 41歳の冬、息子が死んだ 後篇
試験が始まる時間になっても、電話はならなかった。
きっと、直前の勉強に忙しいのだ。
そう思った時、電話が鳴った。
「もしもし。」
試験の開始時刻は、とっくに過ぎている。
ユウスケからのはずはない。
「すみません、西野さんのお宅でしょうか。こちら霧果総合病院の者ですが。西野ユウスケさんのご家族の方でいらっしゃいますか」
「病院、ですか?」
「はい。実は、ユウスケさんが事故にあわれまして、当院で治療に当たっております。ご家族の方にもすぐにいらしてもらいたいのですが。失礼ですが、お母様でいらっしゃいますか?」
事故……?
「もしもし、聞いていらっしゃいますか?」
「はい、はい。それで、息子は、無事なのでしょうか。怪我は、どのくらいなんでしょう」
口が渇いて、うまく舌が回らない。
「はっきり申し上げますと、大変危険な状態です。詳しいことは病院にいらっしゃってからご説明いたしますので、至急来ていただけますか」
電話の相手は事務的に話している。きっと、慣れているのだろう。
「はい、すぐ、伺います」
電話を切ると、財布だけを持ってタクシーに飛び乗った。
いったい、どこで。どうして。
とても落ち着いて運転をできそうになかった。
「霧果総合病院まで。できるだけ急いでください。お願い」
タクシーの運転手は「わかりましたー」と明るい声で答えた。
しばらく走っていると、タクシーは渋滞につかまってしまった。
「ああー、この先でね、事故があったらしいんですわ。そのせいでね、こんな渋滞」
事故。
「あの、今、事故って」
「はいはい。なんでもこの雪で道路が凍ってますでしょう。軽自動車がスリップしたとかでね、三台か四台の玉突き事故だったらしいですよ」
「あ、あの、玉突き事故って、バスとかも入ってたんでしょうか」
「いやあ、全部自家用車だったように思うんですけどねえ。実は私、さっき現場の横を通り過ぎたんですけどね、結構ひどい事故でしたよー。雪の上に血の跡とか飛んでたりして」
ユウスケが、雪の上で血を流しているところを想像して、胸が詰まった。
「事故にはあいたくないもんですよねえ」
運転手が笑いながら言う。
先ほどから、車はまったく動いていない。
「もう、ここまでで結構です。あとは歩きますので」
お金を置いて、タクシーを降りた。
病院までは1kmほど。冷たい空気が頬に刺さるようだ。
渋滞でまったく動かない車の列を横目に、ハラハラと舞う雪の中を走り続けた。
「西野ユウスケが運ばれてきたって伺ったのですが」
病院に着くやいなや、受付の女性に詰め寄った。すぐに、「こちらです」と案内してくれた。
案内された先では、息子が心臓マッサージを受けていた。
「あ、あの」
話しかけてきたのは、息子の担任だった。まだ若く、頼りない印象の男性教師だ。
「この雪で、玉突き事故があったようなんです。で、ユウスケくんが乗っていたバスが大幅に遅れて。それで途中で降りて、あの森を抜けて試験場に向おうとしたそうなんですが……。森を抜けてすぐのところで、車に撥ねられてしまったらしいんです」
改めてユウスケを見ると、体のあちこちに傷が見えた。
どうか、助かって。
願いもむなしく、医者は、息子の臨終を告げた。
「ああ―。」
夫と、サキが、駆け込んできた。
「ザオ……。」
『魔法は、1回しか使えないんだよ。』
アルノーくんの言葉が、よみがえる。
『死んでから5分以上経つと、魂は別のところに飛ばされちゃうよ。』
アルノーくんは、そう言っていた。
刻一刻、時間が過ぎていく。
おねがい、おねがい、まだ行かないで。
アルノーくん、アルノー君のお母さん、助けて。
そうして私は、53歳になった。

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