ビター・ハニー・ビター

DQ10ブログです。DQ10の出来事とか小説とかを書いています。

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あひるの子はみにくい 18話

あひるの子はみにくい


 「なあ、全身が痛くなる病気って何がある?」
 先生に問題を出された翌日、塾にシンタロウは、隣にいた親友のリュウスケに訊いてみた。
 「さあ?あ、痛風とかじゃね?」
 「ふうん、痛風かあ」
 リュウスケは、合点がいかない様子でこちらを見ている。
 「なんだよ、それ?」

 「クイズだよ、クイズ。頭が痛いって病院に来た男が、全身が痛いって言い出すんだって。なんの病気でしょうっていう。」
ヒロコ先生に出された問題だったことは黙っていた。
 「で、答えは?」
 リュウスケに逆に聞かれたが、「さあ、俺も知らない」と答えた。

 その日はムカイの授業があったが、授業中ずっとヒロコ先生の問題のことを考えていた。

 男が病院に来た。頭を押さえると痛む。医者が男の頭を触ったが、平気。脳は異常なし。頭だけじゃなくて、全身が痛む。触るだけで痛む。男の病気は何だ?
 医者が触っても痛くないなら、痛風じゃない。
 何だろう?

 「神谷、聞いてるか?」
 ぼーっとしてるように見えたんだろう。ムカイに注意された。
 「今、なに説明してた?」
 ムカイは自慢げな顔で質問してきたが、俺がスラスラと答えると一瞬悔しそうな顔をしてから授業に戻った。

 わざわざ自分から恥をかきにくるなんて、バカな奴。

 ムカイの面白くない話は、ちっとも頭に入ってこなかった。

 「さっきの話だけど」
 授業が終わってから、急に話しかけられたので驚いた。
 振り返ると、マサオが俺の顔色を窺いながら立っている。
 「さっきの話なんだけど、もう一回聞かせてくれる?」

 「さっきの話って?」
 マサオのその態度に、軽く苛立った。
 「全身が痛む病気、ってやつ」

 「なんだ、盗み聞きかよ」
 そういうと、マサオは少し怯んだようだ。
 「まあいいや。男が、頭が痛いって病院にきた。医者が男の頭を触った時は痛くなくて、脳にも異常なし。頭だけじゃなくて、全身が痛む。触るだけで痛む。男の病気は何だ?っていうクイズ。なんだよ、お前に分かんのかよ」

 マサオは、少し考えこんだ様子だった。
 「その人は、頭を押さえると痛がったんだよね?」
 「ああ」
 「全身が痛むって言ってたけど、具体的にはどこ?」
 「ヒジとかヒザとか、色々。憶えてねえって」

 しばらく黙ってしまったマサオにしびれを切らし、リュウスケのほうに向きなおった。
 「リュウスケ、帰ろうぜ」

 後ろでマサオが言った。
 「右手」
 マサオがまっすぐこちらを見ている。
 「右手の、骨折とか?」
 もう一度言った。

 「お、すげえ、それじゃん。全身触ると痛いのに、医者が触っても痛くない病気。」
 隣で、リュウスケが感嘆の声をあげる。
 なるほど、そうか。

 だが、答えが分かったのに、面白くない。
 こんなやつに解けるクイズが解けなかったことが、面白くない。

 「サンキュ」
 とりあえず礼だけ言って教室を出た。

 「アイツに分かっちゃったのが悔しいんだろ」
 教室を出てから、リュウスケにからかわれた。

 本当に面白くない。

    ******

 マサオが塾から帰るバスに座っていると、ふわっといい匂いがした。
 あ、この匂いは。

 「笠原くん、今日もこのバスなんだね。」
 隣にヒロコ先生が座っていた。
 慌てて音楽を聴いていたイヤホンを外した。

 「なに聴いてたの?」
 ヒロコ先生が自分の耳を指しながら聞いた。

 「あ、これです」
 僕は鞄からCDを一つ取りだした。
 『HUZA』てバンドのアルバムだ。
 ジャケットには青白い顔のイケメンが載っている。

 「へぇ、ちょっと聴かせて」
 ヒロコ先生は僕のイヤホンを片方受け取って、自分の耳に入れた。
 今、何の曲が流れているんだっけ。
 もう片方を自分の耳に入れた。
 僕の一番好きな曲だ。

 「いい曲だね。とっても格好いい。」 
 曲が褒められているのに、まるで自分が褒められているようで、気分がよかった。

 「あ、あの、よかったらコレあげます。データはパソコンに入ってるし。」
 先生にCDを差し出した。
 「このCD、インディーズのやつだからもう発売されてないんです。よかったら、どうぞ。」

 「ありがとう。でも、そんな貴重なもの貰えないよ。気持ちだけで十分。」
 ヒロコ先生は、少し驚いた顔をしたあと、また微笑んだ。
 「で、でも……。」
 差し出したCDの持って行き場がない。

 「じゃあ、ひとつお願い。」
 ヒロコ先生が、僕の目をしっかりと見つめながら言う。
 「もし、今後このCDを欲しいって言う人が現れたら、譲ってあげてほしいの。」
 そんな。
 僕は、先生だからあげたいと思ったのに。
 「ただね、もしもその人と対等な関係でいたかったら、ちゃんと対価は受け取って。今は訳が分からないかもしれないけど、後々、絶対そのほうがいいから。」
 ヒロコ先生の真剣な目に圧倒されていると、先生が降りるバス停に到着した。

 先生はいつもの笑顔に戻ると、「じゃあね」と言って降りていった。

 そういえば。 
 あの日、僕がシンタロウのクイズを解いた日から、シンタロウやリュウスケは僕に少し優しくなった気がする。
 この間ヒロコ先生と一緒のバスになった時に読んでいたクイズの本に、シンタロウのクイズが載っていた。
 ヒロコ先生が面白い、といってくれたクイズだ。

 流行っているのかな。

 CDを鞄に戻して、バスを降りた。

   ******

 ムカイが講師控室に戻ると、ヒロコ先生と神谷が話していた。

 「すごいね、どうして分かったの?」
 「いや、ちょっと考えたら分かるでしょ」
 神谷がムスッとした顔で答えている。
 「自分で考えたの?」
 「あたりまえじゃん」
 ヒロコ先生は、小さく微笑んだ。
 「いいから、教えてよ。先生、いくつ?」

 「今度の土曜で、22歳。」
 ヒロコ先生は少し間をおいてから答えた。
 あれ。彼女、大学2年って言ってなかったっけ。

 「来週、誕生日なの?」
 神谷が尋ねる。
 少しは敬語使えよ。
 「まあ、ね。」

 彼女が、俺の方をちらりと見た気がする。
 すぐに目は逸らされた。
 気のせいか。

 その後も二人で話をしていたが、帰る準備が整ったので、俺は先に部屋を出た。






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あひるの子はみにくい 17話

あひるの子はみにくい


 「今日ね、お隣さんが挨拶にみえたの」
 夕飯を食べるムカイに、妻が話しかける。
 今俺たちが住んでいるマンションの隣は、長らく空き家だったはずだ。
 「へぇ、どんな人?」
 あまり興味がない話題だが、精一杯興味があるふりをして答えた。
 「それがね、とってもキレイな人なの。大学生っていってたけど、この辺に大学ってないわよね。それに大学生がこの時期に引っ越しってのも変な話だし……。やっぱあれかな、あれだけキレイな人だとストーカーから逃げてきたりしたのかな。ほら、私たちだって……」
 妻は、言ってからしまった、という顔をした。
 俺たちも、このマンションに逃げてきたのだ。

 あの自殺未遂さわぎの後、俺だけではなく、家族にまで非難が飛んできた。
 教師失格、人殺し。
 俺を罵るため、ひっきりなしに電話が鳴った。

 妻も、表立って非難されることはなかったが、近所の主婦友達から腫れものに触るような扱いを受けてきたらしい。

 そして俺たちは、このマンションに引っ越してきた。
 ここは新しくできた隣の高層マンションの影になっているせいで、日照時間か短く、門戸の半分くらいが空き家になっている。

 もともと人づきあいが苦手であった妻にとっては、ここの方が落ち着くらしい。

 「そうかもな。そういえば、あの塾にもキレイな女子大生が臨時講師で入ってきたぞ。」

 あまり好ましい話題ではなかったので、彼女の話をふることにした。

 「そうなんだ。でもそんなにキレイな人だったら生徒さん達、勉強どころじゃなくなるんじゃない?」
 「いや、そうでもないよ。男子だけじゃなくて、意外に女子もちゃんと話聞いてたみたいだし。」
 「じゃあ、その女の人本当にキレイなんだね」
 「なんで?」
 「だって、女の子もその人に憧れちゃってるワケでしょ。思春期の女の子ってね、中途半端な美人には反感を持つけど、本当の美人には憧れるようにできてるのよ」

 そういうもんか、と思ってポケットから煙草を出した。

 「あ、吸うなら」
 「はいはい、ベランダで吸いますよ」

 ベランダに出て、煙草を一服。

 息子のノブヒロは、このマンションに引っ越してくる少し前あたりから、全身のアトピーに悩まされるようになった。
ひどい時には、一日じゅう体をかきむしっていたりする。
 幼稚園でも他の子たちから距離を置かれているらしく、妻はあらゆる民間療法を試している。
 煙草がアトピーによくない、という話をどこからか聞いてからは、部屋の中で吸わせて貰えなくなった。

 息子の赤く爛れた皮膚を見るたびに、俺は自殺未遂の彼女を思い出した。
 罰があたったんじゃないだろうか。
 そう思う日もあった。
 妻も同じだっただろうと思う。

   ******

 マサオは塾から帰るためにバスに乗り、一番後ろの席に座っていた。
 本を読んでいるが、頭の中は別のことを考えていた。

 シンタロウのこと。

 彼が僕をいじって笑いを取るのは、いつものことだ。
 ただ、今日はトクベツに恥ずかしかった。
 新しい古文の先生、とってもキレイな人なんだけど、その人の前でも僕のことを笑いのネタにしたからだ。

 ヤメてくれ、とは言えない。
 僕は本当に気が小さいんだ。
 
 ふわ、っといい香りがした。
 隣に女の人が座ったんだと分かった。

 「笠原くんも、このバスなんだね。」

 急に自分の名前を呼ばれてびっくりして、僕は顔をあげた。
 隣には、その新しい古文の先生、ヒロコ先生が座っている。

 「あ、そ、そうです」
 ヒロコ先生はクス、と笑って「どこまで?」と聞いた。
 僕が降りる予定のバス停を言うと、じゃあ私のひとつ先だね、と答えた。

 「なに読んでるの?」
 先生が僕の手元の本を覗き込んだ。
 恥ずかしくて隠そうとしたけど、隠しきれなかった。
 先生は近くで見てもやっぱりキレイで、おまけにいい匂いがして、ドキドキした。

 「これとか、面白いね。」
 先生が本をパラパラとめくって、一つのページを指さした。
 僕も大好きなページだ。
 「はい、面白いです。」

 たわいもない話をしていると、先生が下りるバス停がやってきて、「じゃあ、また来週ね」といって席を立った。
 先生がいなくなった後もドキドキして、あやうく乗り過ごすところだった。

   ******

 「なあ、先生って何歳?」
 神谷シンタロウは、質問があると言って講師控室にやってきた。

 「なんでそんなこと聞くの?」
 新しく古文の担当になったヒロコ先生はにっこり笑って答えた。
 結構、いや、とてもキレイな先生だ。
 大学生とか言っていたから、オレとあまり年も変わらないはずだけど、同級生とははっきり違って、大人のヨユーが感じられる。

 「知りたいから。いいじゃん、教えてよ」
 この先生は、一体いくつなんだろう。

 ヒロコ先生は、小さく笑って、「内緒。」と答えた。

 「女性に年を聞くなんて失礼だぞ」
 奥に座るサエキ先生が注意してきた。
 うるせーよじじい、心の中で毒づいた。

 「じゃあね、問題。これに答えられたら、年齢教えてあげる。」
 「お、まじで?」
 悪いけど、オレがこの塾で一番成績いいんだ。

 「ある男の人が、病院を訪ねました。『頭を押さえると、割れるように痛むんです。』医者にこう訴えました。医者は彼の頭を触ってみましたが、『今は平気』と答えます。医者は脳の検査もしてみましたが、異常はみつかりません。ただ、驚くことに、『頭だけじゃなくて、胸も、左ひじも、腰も、右ひざも、左かかとも、触るだけでものすごく痛いんです。』と男は言いました。さて、男の病気はなんだったでしょう?」

 「え、何それ」
 古文の問題かと思っていたので、あっけにとられた。
 「だから問題だって。これが解けるまで、勉強に関係ない質問は禁止ね。」
 ヒロコ先生は片目をつむった。
 「さあ、もうすぐ授業だよ。行こ。」
 先生に背中を押されて、オレは講師控室を出た。





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あひるの子はみにくい 16話

あひるの子はみにくい


 「やっぱり、キレイな人は免許証の写真もキレイなんだなあ」
 サエキ先生が彼女の免許証のコピーを持ち上げながら言った。
 「ムカイ先生も、ほら」

 サエキ先生に手渡された紙を見た。

 彼女の名前は富士野ヒロコ。
 つい最近この塾で臨時講師として働くことになった大学生。
 なるほど、どんな人でも悪人風に写ってしまうと思っていた免許証の写真だが、彼女はとても美人であることが分かる。

 女優の○○に似ているとか、いやいやアイドルグループの○○だとか、皆が口々に言い合っていたが、俺にはもっと似ている人を見たことがある気がする。
 誰だったか、思い出せないが。

 「彼女、初日はどうだったんですか。授業」
 サエキ先生に免許証のコピーを返しながら尋ねた。
 「いやあ、チラッと覗きにいったらさ、すごい上手なんだよ。ガキたちも真剣に聞いてるしさ。やっぱ美人は得だねー。」
 サエキ先生がデレデレしながら答える。
 覗きに行ったのも下心が八割だろうな、なんて考えていた。

 「こんにちは、今日もよろしくお願いします」
 噂をすれば―。
 
 彼女が出勤してきた。

 「今日もよろしくね、ヒロコ先生」
 一番に答えたのはやっぱりサエキ先生だ。
 いつの間にか下の名前で呼んでいる。

 「ムカイ先生、今日もよろしくお願いします」
 彼女が机の上にバッグを置きながら言った。
 俺の隣りの机、この間までオノデラ先生のものだった机だ。
 「よろしくお願いします。富士野先生」
 義務的に挨拶を交わす。
 あの事件が合ってから、人と深くかかわるのが億劫だ。

 「お子さん、ですか?」
 彼女が俺の机の上の、写真立てをみて言う。
 俺と妻と、今年6歳になる息子のノブヒロが写っている。
 「ああ、まあね」
 彼女は微笑んで、「かわいい」と言った。
 なんだか、複雑な気分だ。

 「初日、授業うまくいったみたいですね。」
 「そんな、私緊張しっぱなしで。自分で何言ってるのか分からなくなってた所もあったし……。」
 「いや、サエキ先生は褒めてましたよ。すごく上手だったって」
 そう言うと、彼女の表情が少しだけ曇った。

 「私、サエキ先生が少しだけ苦手で。」
 ふいに彼女が顔を近づけると、俺にだけ聞こえるような小声で言った。

 困惑していると、悪戯っぽい顔で笑った。
 「今度、相談に乗ってもらってもいいですか?」
 自分の顔が熱い。
 「そうだね、また今度」

 彼女はにっこりと微笑んで、今日の授業の準備を始めた。
 俺も授業の準備に戻った。

    ******

 「いいかー。元素記号ってのはなあ、横に覚えちゃだめだ。すいへーりーべ、じゃないぞ。この縦の列。これが大事だ。縦の列の元素同士はお互い性質が似てるからなー。まず第一族からー。‘エッチでリッチなナナコさん、ルビーせしめてフランスへ’だ。覚えたかー?」

 今日は高校1年生の化学。元素記号の授業だ。

 「せんせー、しつもーん」
 生徒の一人、シンタロウが手を挙げる。
 「えっちでりっちなナナコさんってどんな人ですかー?具体的に教えてくださーい」
 教室の何箇所かで小さな笑いが起こる。

 神谷シンタロウは、20人足らずのこのクラスのリーダー格だ。
 子供たちは、どんなに小さな環境だって、徒党を組み、派閥を作り、順列を決める。
 彼はその順列のトップにいる。
 明るくて、ムードメーカーで、成績はトップクラスで、適度に残酷だ。
 
 「それはな、大学に行ったら分かると思うぞー。」
 「うっそマジで?大学はエッチなナナコさんばっかりなんだってよ。マサ、ちゃんとメモっとけよ」
 俺の言葉に、シンタロウがさらにヒートアップする。
 適当にいなしたつもりだったが、話が脱線したまま元に戻らない。

 話を振られたマサ、こと笠原マサオは顔を真っ赤にしてうつむいて、もともと野暮ったい印象をさらにもっさりと見せている。

 大きめに咳払いをしたあと、強引に授業に戻した。
 「はーい、じゃあ第二族。‘ベッドに潜って軽くさすればばら色’だー。いいかー?」

 あちこちで小さくクスクス、と笑っている。
 
 「おいマサ、どこをさするんだよ?」
 シンタロウはまたマサオに話しかける。

 「どこだっていいだろ?」
 マサオが反論しようとするが、「ドコ」の部分で声が裏返ってしまったので、余計に笑いを誘った。

 「はいはい、授業続けるぞー。」
 パンパン、と2回手を叩いて、こちらに注意を戻す。
 「じゃあ次、第三族―。」

 後ろを向いた俺の背中を、マサオが睨んでいたことに、俺は気がつかなかった。





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あひるの子はみにくい 15話

あひるの子はみにくい


 「ムカイ先生、ホームページに載せる講師紹介だけど、やっぱり全部平仮名がいいのかな?」
 向かいの机から、同僚のサエキ先生が話しかけてきた。
 「はい、それでお願いします。柔らかい感じがでればと思って」
 そういってからテストの採点に戻った。
 「ふうん、そんなもんかね」

 サエキ先生は、俺よりも8つも年下だが、この学習塾の副学長。
 俺の上司だ。

   ******
 
 例の自殺騒ぎの後、「いじめを見て見ぬふりをしたダメ教師」というレッテルを貼られ、なかば強引に依願退職という形を取らされた。

 ふざけるな、お前らだっていじめのことは知っていただろうが。
 もしお前らがあのクラスの担任だったら、あれを解決できたとでも言うのか。

 不満でいっぱいだったが、仕方がない。
 以前から学習塾の講師をしないかという引き抜き話もあったことだし、退職を受け入れた。
 しかし、引き抜き話はあっという間に立ち消えた。
 理由はもちろん、あのウェブサイトだ。
 いじめグループの中に、担任の俺のフルネームが載っている。

 俺を雇うだけで塾の評判が下がると判断され、俺は職を失った。

 その後、いくつかの私立高校や学習塾を当たってみたが、なんとか潜りこめても数週間であのウェブサイトが見つかってしまい、クビになる。
 いまどきの生徒たちは、とりあえず検索してみるのが好きらしい。
 
 かといって身分を偽るわけにもいかないので、この学習塾に雇ってもらってからは、全て平仮名で通してきた。
 平仮名で検索しても例のウェブサイトに当たらないことは確認済みだ。

    ******

 「ムカイ先生、知ってる?オノデラ先生ね、駅の階段で転んで両腕と右足骨折だって。」
 サエキ先生が、パソコンに何か入力しながら話しかけてくる。
 初耳だ。

 「え、大丈夫なんですか?」
 「いやー、大丈夫じゃないみたいよ。意識不明とか面会謝絶とかじゃないんだけどさ。あれ当分、授業できないよね」
 サエキ先生は軽く言っているが、大ごとだ。
 「どこの病院に入院してるんですかね。お見舞いに行かないと」
 「あ、それなら午前中に俺と学長とで言ってきた。昨日の夜、飲み屋の帰りだったそうだよ。誰かにぶつかって落ちた、とか言ってたけどさ。発見してくれた駅員さんの話だとそばには誰もいなかったらしいし。相当酔っぱらってたんだろうねえ。」

 この塾の講師には、大きく分けて三種類いる。
 一つ目は、正規の講師。いわゆる正社員みたいなもので、学長の息子であるサエキ先生と、あと一握りの人気講師がそうだ。
 二つ目は、特任講師。いわゆる契約だ。学期ごと、もしくは年ごとの更新で、次も働けるかどうかが決まる。学期の終わりには毎回、生徒たちにアンケートが配られる。授業がわかりやすかったか。難易度は適切だったか。来年もこの授業を受けたいと思うか。このアンケートが更新の重要な資料となるため、生徒の人気取りに必死だ。この塾の講師の半分以上は特任講師で、オノデラ先生も俺もこれにあたる。
 三つ目は臨時講師。1コマいくらのアルバイトだ。ほとんどが大学生で、生活なんてかかってないので、お気楽なものだ。
この三つは、決して交り合わない。

 「困ったよねえ、もうすぐ夏期講習始まるっていうのに。ああ、古文・漢文どうしよう。ムカイ先生、できる?」
 「いやあ、私は数学担当なんで……。」
 無理にきまってるだろう。
 「無理だよねえ。アルバイトさんも手一杯だし。」
 サエキ先生は大げさにため息をついた。
 「募集、かけなきゃだめかなあ。この時期、いい人いるだろうか」

 いいタイミングで授業開始のチャイムが鳴ったので、席を立った。
 「すみません、いってきます」
 サエキ先生は、こちらを見ることもなく「んー。」と答えた。

 おそらく、オノデラ先生はもう戻ってきても席はないだろう。
 この塾は、講師を使い捨ての道具だと思っている。

 ここに来てから、絶対にひっくり返らないヒエラルキーを感じる。
 きっと自殺した彼女は、ヒエラルキーの最下層にいたのだ。
 そりゃあ死にたくもなるよな。
 
 自分の頬を軽く叩いて、しっかりと笑顔を作ってから、高校2年生クラスの扉を開けた。

    ******

 翌日、俺が講師控え室に入ると、サエキ先生が隅の応接スペースで、若い女性と話をしていた。
 「ふうん、文学部1年生なんだ。お、すげえ、結構いい大学じゃん。」
 サエキ先生が履歴書を持ち上げる。
 どうやら、オノデラ先生の代わりらしい。
 「いえ、そんなことないです」
 女性が軽く笑いながら答える。
 鼻の下を伸ばしたサエキ先生をみて、きっと美人なんだろうな、と思った。
 俺の席からは、彼女の後姿しか見えない。
 「さっき解いてもらった試験もほぼ満点だし。学力は問題なさそうだね。人に教えるのとかは、得意?」
 「はい、高校時代から友達に教えたりはよくしていましたので」
 
 二人の方を眺めていると、サエキ先生と目があった。

 「あ、ムカイ先生。こちらね、富士野ヒロコさん。夏期講習から古文とかの担当してもらおうと思って。」
 サエキ先生に促されて立ちあがった彼女は、俺の方を向いて深く頭を下げた。
 「富士野です。よろしくお願いします。」
 顔を挙げた彼女は、息をのむほど美しかった。





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あひるの子はみにくい 14話

あひるの子はみにくい


 「満足、した?」
 マヒルの運転する車の助手席に座ったプルリィが、笑顔で話しかけてきた。
 「そうね、まあまあかな」

 どうやら、プルリィの姿は私以外の誰にも見えないらしい。
 病院で目を覚ました後、母親にも、医者にも看護師にも見えていなかった。
 しかし、私にはハッキリと見える。
 プルリィは、私についてきてくれたのだ。
 確かにここに存在している。

   ******

 怪我のため数か月の入院を余儀なくされ、高校は留年することとなった。
 私は、意地でも元の高校に通いたかったが、母親に強く反対され、転校することとなった。
 しかし、どこへ行ってもウワサが広がるのは早いもので、私が前の高校でいじめを受けて自殺未遂を図ったことは、周囲の誰もが知ることとなった。

 驚いたのは、周囲が私に同情的であったことだ。
 いじめられていた時は、見て見ぬふりをするだけだったのに。
 それが美しくなった自分の容姿のおかげであることに気づくのに、あまり時間はかからなかった。

 また、どこへ行ってもウワサ好きの女子はいるもので、自分をいじめていた相沢ユウコが、富士野ヒロコと名前を変え、地方都市で大学生活を楽しく送っていることを教えてくれた。
 彼女の友達の友達が、ユウコの従妹らしい。

 無理に頼みこんで、ユウコの従妹とやらに会わせてもらった。
 ユウコが、「自分は被害者なんだ、自分こそがいじめられていたのだ」、と吹聴していたことを知った。

 ユウコは、クラスで浮かないための手段として、私をいじめ続けた。
 彼女が私を見るときの、憐れみと嘲笑が混ざり合った視線を、私は一生忘れない。

 自分こそがいじめられていたのだ?
 だったら、本当にいじめられたらいい。
 
 許せない、と思った。

   ******

 ユウコが通う大学へ入り込むのは、たいして難しくなかった。
 大学では学生証の提示を求められることは少なく、求められた場合も「忘れました」、で通用する。
 
 大学生たちは周りの人々にさほど関心がない。
 ○○学科○年の○○です。
 そう言っていれば疑う者はいなかった。

 私は、母親の旧姓と名前を借り、鳥取アサコと名乗った。

 高校時代にはできなかった友達が、大学ではたくさんできた。
 女の子同士で恋愛や芸能人の話をするのがこんなに楽しいことだと、初めて知った。

 あまりに女の子としかつるまないので、レズビアンじゃねえの、なんてウワサがあるのは知っていたが、気にしない。
 聞こえないフリをするのは大得意だし、なにより高校時代に言われた悪口とは質が違う。

 男も女も、私の気を引きたいのが、手に取るように分かった。

 ユウコは、相変わらずパッとしない感じだったが、彼氏もでき、楽しくやっているようだ。

 私の容姿は大きく変化したが声は変わっていないので、話した時にバレるかと思っていたが、一切疑わなかった。
 その事が一層、私を苛立たせた。

 彼氏を取られ、横領の罪も着てもらった。

 ユウコは残りの大学生活、周囲から白い目で見られ続けるだろう。

 『自分こそがいじめられていたのだ』

 自分の言っていた通りになってよかったじゃない。
 
    ******

 「プルリィ、色々ありがとう」
 助手席のプルリィにお礼を言った。
 「どういたしましてー。」
 プルリィがニコニコして答える。

 向こうの世界で覚えた魔法の呪文は、病院で目を覚ましてからは使えなかった。
 
 タクとホテルに行った時。
 「ラリホーマ!」
 タクを眠らせてくれたのはプルリィだ。

 そして、あの時も。

 ユウコの部屋で彼女と食事をしていた時。
 彼女を眠らせてくれた。

 「ねぇ、次はどうするの?」
 プルリィが尋ねてきた。

 ユウコが眠っている間に、こっそりと拝借した財布と卒業アルバムのことを思い出す。
 さてどうしようか。
 運転しながら、思案をめぐらせた。
 




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